もじゃトラックス

リズム愛は人から人へ

大学のサークル(タリベ)でアフリカンをやっていたとき、とても綺麗な音でジェンベを叩く先輩(以下T先輩)がいた。
彼がある日こんなことを言った。

「もし死ぬ前に最後に1発だけジェンベ叩いていいよって言われたら、トンとスラップとベースの内、どれ叩きたい?俺はめっちゃ迷うけどトンかな!」

ちなみに、ジェンベには主にスラップ・トン・ベースの3種類の音があって、大きな音をはっきりと出すのが一番難しいと思われるのがトンなのだ。

T先輩が言いたかったことは、簡単に言えば「トンが一番好き」ということだろう。ならそう言えばいいじゃん、と思われるかも知れない。でも、最近分かった。全部好きだけど敢えて一個選ぶという形で表現せずにはいられないほど好きになるってことはあるのだ。

というのも、僕もこの頃
・もし一生一つのリズムしか叩けないとしたらどれを選ぶだろう?
・もし一生一つのリズムしか踊れないとしたらどれを選ぶだろう?
という、ありえない設定の質問が頭をよぎるのだ。

今の僕の答えは、両方「ングリ」だ。

ングリはマリのワソロン地方のリズムで、「ワソロンカ」と言ったりもする(YouTubeだとwassolonkaで結構出る)。このリズムを初めて知ったのは、6年前にマリに行ったときだ。現地の先生から最初に習ったリズムだった。

ングリは、コアとなるコンゴニという筒太鼓のリズムがなかなかトリッキーだ。基本のノリは、一拍の3分割と4分割の間の3寄りという感じで癖が強い。こういう微妙なノリを「なまり」と言ったりする。
また、誰もが最初に叩くような定番ソロフレーズがある。
知ってる人にしかわからない書き方で申し訳ないが、このようなものだ。
クルカ クルカ クル カクルカ クル、 ドカカドン、ドカカドン
ただ、このフレーズは特に人それぞれでノリや音の組み合わせがかなり異なる。この「めっちゃ定番フレーズなのに人による差が大きい」というのが、ングリは特に目につく気がする。

このように、ングリはちょっと変わっている。習っても、当時は「リズムがなまっててめんどくさい、フレーズがなかなか理解しづらくてうっとおしい」みたいな感想を持った。フレーズマニアの向きが強かった僕は「リズム特有のノリを学ぶ・楽しむ」という姿勢に乏しかった。
ダンスも太鼓もネタがなかったため、タリベでもあまりやらずに終わった。

そのまま何年か過ぎて、東京に来て、さらに数年・・・
一番お世話になっているアフリカングルーヴのダンスワークでは伴奏を叩かせてもらって、たまにングリに触れていたが、この一年ほどでングリとの接点がグンと増えた。

一夜のダンス遊びが楽しすぎて一生の思い出となったメタルギニーの冬合宿では、太鼓ワークでングリが選ばれ、例のソロフレーズを高木さんの叩き方で教わりなおし、ングリの楽しさがますます深まった。

ある時はアフロヘイシャンのジークさんのワークを受けたりライブに行ってみて、ングリのリズムがカリブ海方面ででかなりメジャーな拍子として息づいているのを感じた。今年ずっと習っていたアゾントをやっていても、アフロビーツやアフロハウスの曲のかなりの部分にングリっぽい節が使われていることが分かってきた。現代のアフリカンポップにングリのダンスを合わせてみても、合うことが多い。

ある日T先輩から、彼が武田さんのジェンベワークで習ってきたというングリのソロフレーズを教わった。例のソロフレーズも入っていたが、手順(右手と左手をどういう順番で叩いていくか)がかなり違った。それはングリのノリを出すことを助ける手運びだった。それをダンスクラスで使うと、少しずつノリを出すことができるようになった。

武田マリさんにも数回ングリのダンスを教わり、少し踊れるようになった。その最初の振りはお気に入りだ。足に負担がほとんどかからず、ゆったりしてる中にも軽快さがあり、展開があって楽しい。またある振りは、重量感と躍動感が抜群だ。ショフマンという盛り上がりで踊るもので、裏拍に両足で着地するためだけに生きている気分になれる。

そんな中、数カ月前にアフリカングルーヴのダンスクラスでまたングリの番が回ってきた。今までになく、ングリが僕の中で存在感を増してきており、ングリを叩くのが生きがいのようになってきていた。

武田さんから(T先輩を通して間接的に)教わったングリの数個のソロフレーズは、マリで習ったものよりずっと手になじんで、今までより自然にリズムを叩けるようになってきた。なまりの強いリズムは、常にそれを意識する必要があるので、ノリを維持して叩く訓練に自然となっていたんじゃないかと思う。

ノッて叩けている実感があると常に楽しい。この前、T先輩ともう一人のダンサー先輩との三人でングリを叩いてみたが、天にも昇る気持ちだった。長く一緒に叩いた人と太鼓を叩くほど贅沢なことはない。アコンパ(伴奏状態)だけでいい、特別なことをしなくても幸せになれるのがノリの力なんだと思った。

こんな流れで、ングリは今僕の中で特別なリズムとなっている。ングリを格段に好きになったことで、芋づる式に他のリズムやジェンベ自体も前より好きになり、上達している実感が出てきた。ソロの途中でノリが切れることがずっと悩みだったのだが、それを克服するヒントがつかめたと思う。

太鼓を続けたことでリズムを愛する人と出会って、楽しむ手助けをしてもらって、リズムの魅力が分かっていった。リズムに紐づく思い出は宝物であり、リズムをますます好きにさせてくれる。最初から好きになれなくても問題ない。現にングリは先生がアフリカ人であっても、数回習った時点では微妙な印象でしかなかったわけで。大事なのは叩き続けることだ。

アフリカン。こんなに音楽を楽しんで分かち合えるなんて、本当にいい趣味を持ったと思う。”出会いに感謝”というのは使い古された言葉だけど、アフリカンにぴったりだ。これからも太鼓を叩いてリズムを深めていきたいし、その楽しさを伝えていきたい。