演奏が人に与える感動、あと矜持の話


こんにちは。もじゃです。

大きい話をするのが最近のマイブームです。

和太鼓の後輩の手伝うライブを観に行った

さて
いきなりですが、僕には一人、和太鼓をやっている後輩がいます。(Kとしておきます)
彼はプロ和太鼓叩きへの道を着々と歩んでいるんですが、去年の年末、Kの手伝うライブを観に行きました。

パーカッションのプロだらけ、国際的な入賞経験があり世界でもトップクラスという人たちの作るステージで、とても面白かったです。
エンターテイメント性とか「目でも楽しむ」ことを重視していたので、ジャグリングとかダンスとか、笑えるMCとかジョークもありで。
圧巻だったのが、数人でハイテンポで連携するジャグリングが超難しそうなのに全然失敗しないこと。
すごかった・・・。

でも、ステージを見た後に不満が一つあったのが、Kが出てなかったこと。
そのライブは、Kは機材サポートとして参加していただけで、K自身は出演してなかったんですね。
不満の理由をもっと詳しく言うと、「Kはこのメンツの中で見せるべき演奏ができるのになんで出てないの」というのがありました。

音楽の演奏と感動について

ちょっと必要なので脱線しますが、音楽の演奏が人に与える感動についての話をします。
音楽は人を感動させることがありますが、生で見ているときの感動には、技術力(音自体)以外にも雰囲気とか気迫とか、人ならではのいろんなものが影響すると思うんですね。
ジェンベをやっているときもそれは顕著で、音が小さかろうが、ジェンベ歴が数カ月だろうが、ソロフレーズのレパートリーが少なかろうが、叩くことで周りを盛り上げたり、笑わせたり、癒したり、ダンスと協調したりすることにおいて僕よりデキる人なんかめちゃくちゃいるんですよ。
人が醸し出す雰囲気は、例えば以下のようなものがあります。

・楽し気な感じ
・ほほえましさ
・貫禄
・躍動感
・鬼気迫る感じ
・堂々たる感じ
・一生懸命感
・包容力、安心感
・安定感
・無理してない感
・自分の全てを投げ込んでる感じ
・余裕のある感じ
・職人感
・クールさ
・夢中感
・押しつけがましくない自然さ
・没頭感
・高揚感

色んな人を思い起こしつつ言葉にしてみました。
これが感じられるのは耳から聞いた太鼓の音と、あと大事なのが視覚的なところ。見た感じ。
太鼓もダンスと同じ「目で見る」パフォーマンスなところがあるんです。

自分はどうなのか

上のやつ、自分にはないものよなあ、と思いつつ書きましたけど、自分を卑下してるんじゃありません。
これだけ他人を見てて良いところだらけなんだから、自分にもきっとあるでしょう。
でも自分の良さはまさにコレ!というのは、自分じゃよく分かってない。
まあ、きっと何かしらあるでしょう。

今は、”誰もが自分にしかできないことを持っている” それを実感できるのが音楽だ、と思っています。
ポジティブな多様性というんでしょうか。
別にポジティブに持っていきたくてそう言ってるんじゃなくて、音楽(特に僕にとってはアフリカン)の世界が「その人の良さが出てしまう世界」みたいになってるように見えるんです。

話を戻すと・・・

Kはそういう文脈で言うと”演奏の気迫がヤバい人”です。
過去に生演奏を見て圧倒された経験があったので、「出てたらよかったのに」って素直に思ったんですね。

で、それを伝えるときに、上に書いたような音楽と感動の話を言ったんです。
上みたいに長々とは言ってないですよ。さらっと。

そして、僕が「Kは気迫がスゴイから絶対お客さん感動させられるよね」的なことを言ったときのKが返してきた言葉が

「いや、それは和太鼓奏者として僕が絶対負けたらダメなところですから(半笑い)」

だったんですね。

気持ちで負けてないのは当たり前。
ここで不覚にも感動してしまって。

“気持ちで絶対に負けていない”
そこまで言い切れること = 矜持を持っているということ
なのかな、と。

それがちょっとかっこよかったし、だから感動させる演奏ができるのかな?と思った
僕も、自分の強み、できることにきっちり自信を持って、その上でやりたいことをはっきりさせて太鼓叩いていこう。

そんな今日この頃です。

※補足(蛇足?)

矜持。日常あまり使わないですよね。

僕もこの記事書くために調べてようやく意味をつかんで嬉しかったので共有します。

きょうじ
【矜持・矜恃】
自分の能力を信じていだく誇り。プライド。

以上、もじゃでした。